スウィートソウルのような朝を迎えたい

         クローゼットがない部屋の私を私の全部だと思わないでください

  友人に笑ってほしくて言った言葉 つま先の冷たさ

       夜が夜になる夜になって夜から大丈夫だと撫でられた瞼

     指先の キラキラが私です

私は自分の持つ要素が好き。例えば誕生日や星座や名前や出生地など変わることのないもの。今日ふと思ったのだ、きっと私がこの月以外に産まれていたら私の産まれた月に憧れていただろうと。それぐらい愛してやまない。でも世間的には好かれていない。祝日もないし、天気も雨が多いから。けれどそんな月に生まれたことが誇らしく、そして嬉しい。なぜ?と聞かれたら難しいのだけど、目立たずにひっそりしている、は理由の一つにあると思う。私しか好きで無くていいから、みんな好きにならなくていい。

その反対に容姿の要素はコンプレックスばかり。例えば首にある産まれた頃からの痣はその一つで、学生時代、長かった髪を結んでいたらそれを「キスマーク?」と笑われたことがあった。恥ずかしかった。そんなわけないのに笑いの対象にされたのが恥ずかしかった。それから髪を結ぶのが怖くなっていた時期もあった。気にならなくなり髪を短くした今でもときどき思い出してはファンデーションを塗って隠したりする。まったく綺麗に隠れない。

足が大きいのも幼い頃はコンプレックスだった。「大きいね!」と驚かれるのが恥ずかしかった。自分よりも身長の高い人の方が足が小さくて羨ましかった。私もキラキラのパンプスやリボンのついた靴を履きたかった。履けなかった。上履きの内側のサイズ表記をマジックで消していた。今思うとなんて可愛いコンプレックスなのだろう。そんなことさえ真剣に悩んでいた。わざと小さいサイズを履けばどうにかなると思っていた。

どうにもならないことばかり悩むのは昔からの癖なのかもしれません。明るく爽やかに生きられないのは6月生まれのせい?

本屋さんの店主さんと仲良くなりたかった。

映画館の店員さんと仲良くなりたかった。

仲良くなれそうな人は会った瞬間わかる。見た目や雰囲気で何か近いものを感じる。この人のこともっと知りたい、好きなところがたくさんあるはず。私のことを知ればきっと好きになってくれるはず。思い込みが激しい!激しいよ、仲良くなれるレールが敷かれていなかったんだね。少し落ち込む。

「私って趣味がたくさんあってね、あなたともきっと一つは好きが同じで、同じ気持ちで生きているところもあると思うよ」

なんて気持ちの悪いナンパのような言葉が胸の奥にあってもちろん口に出したりはしない。

眠りにつくときに泣く癖がついた私を私が優しく抱きしめて「大丈夫だよ」と声をかけてあげたい。

改行をメチャクチャにするとそれだけでお洒落な感じに見えませんか。晴れています天気は 穏やかです。やまだ紫みたいな大きい眼鏡買おうかなって。あの5月のなだらかな川であろう